2016/06/14
成功・失敗事例から考える!円滑な事業引継ぎメソッド ⑤
親族外への事業承継~従業員編~(失敗事例)
前回は、従業員に事業承継を円滑に実施するための課題は、①次期社長を任せられる人材が社内にいるか、②新社長を引き受ける側の意欲と覚悟、経営能力があるか、③自社株式の引継ぎをどうするか、④金融機関に対する個人保証を負う覚悟が後継者にあるかということでした。
そこで、今回は従業員への事業承継の失敗事例からこれら課題への対応策をみていきたいと思います。
名古屋市で従業員32名のスーパーマーケットを経営するE社の事例です。八百屋からはじめたE社は、大正時代から続く地元での老舗小売店です。67歳になる現社長は三代目であり、二人の息子さんがいらっしゃいました。しかし、長男は東京の大企業に勤め地元に帰る気持ちはなく、次男は生まれつきの病弱でE社の経営を任せることは出来ませんでした。
社長は自身の年齢を考え、そろそろ会社を誰か後継者に任せようと考えていました。もともと病弱な次男の世話が必要なうえ、最近になって奥様の持病が悪化し入院することになってしまったためです。
そこで社長の頭にまず浮かんだ後継候補者は、部長であり若手番頭格のFさんでした。「Fさんであれば、社内の業務にも精通し、他の従業員の信頼も厚く、本人さえ良ければわが社を引き継いでくれるだろう。」そう考えました。社長は早速、Fさんに打診してみたところ「自分を指名してくれるのであれば、E社の次期社長を謹んで引き受けさせていただきたい。」という前向きな回答を得ることができました。ただ、この段階では親族外承継で課題となる、①金融機関に対する個人保証の問題、②自社株式の買取り、といった課題まではしっかりと伝えられていませんでした。
次の段階として、社長は融資取引のある金融機関3行に行き、個人保証を解除するための話し合いを開始しました。その際、事業承継を急ぎ進めなければならない事情や親族外の部長に承継したいこと、その際に課題となる個人保証の解除について誠意をもって説明を行っていきました。幸いにして、E社の財務内容な良好なうえ、今後も収益を生み出せるビジネスモデルであったことなどから、3行合計で約3億円の融資を無担保無保証人の条件で承諾していただけたのです。
ここまで進めたところで、E社の親族外承継はこのまま上手く進むかに見えました。しかし部長による、社長とその親族所有の自社株買取りの対策になったところで雲行きが怪しくなりました。金融機関が無担保無保証で融資をしてくれる会社の自社株評価のことです。時価総額で2億円程になっていたのです。これを部長が買い集めるのは容易なことではありません。社長は、リタイア後の生活資金や奥様と次男の療養資金なども必要です。これまでの蓄えも相当にありましたが、今後の収入が絶たれるわけですからお金は有るに越したことはありません。社長は、念のため部長に自社株の買取りを打診しましたが、部長の返答は「どう転んでも、そのような大金は出てこない。」というものでした。E社の親族外承継の道が閉ざされた瞬間でした。さて、この後のE社はどのように承継を進めたらよいのでしょうか。
親族外承継の課題である冒頭の4つの課題については、全てをクリアする必要があります。E社の事例では、「自社株引継ぎ」の一点だけが引っ掛かってしまいました。ただ、財務内容が良好なE社の場合、親族外承継が進められなくてもM&Aにより第三者の手に経営を委ねるという選択肢もあることを最後に付け加えさせていただきます。