息子に社長を引き継いだのに居座り続ける会長
後継者のリーダーシップ発揮を阻害する
今では、事業承継に関する新聞記事や話題が多く溢れています。私が事業承継の支援を始めたのは平成18年の頃です。当時はまだ事業承継の話題を中小企業の社長さんたちに投げかけても、「そんな先のことよりも目先の利益確保だよ・・・」と真剣に聞いてくれなかったり、「事業承継?それは俺に社長の座を明け渡してさっさと引退しろと言うことか!」と一喝されかねない雰囲気でした。
また、当時の事業承継対策というと、後継者を早い段階で決めて事業承継計画をつくり、早い段階から計画的に承継の準備を進めるということが主でした。しかし、近年では経営者の平均年齢が上昇し、今すぐにでも承継の対策を進めていかなければ、経営の根幹を揺るがしかねないリスク要因となっています。
そして事業承継の難しさは、100社有れば100通りの状況や承継手法を考えていく必要性があることや、そこには社長である父親と後継者である息子との微妙な人間関係など、極めて人間臭い感情が渦巻いていることが少なくないことなども起因します。
世に出ている事業承継に関する本やセミナーでは、綺麗な成功事例を見かけることが多いものです。しかし実際の中小企業の現場で起きている出来事は、世で見かける事業承継マニュアルなどを簡単に当てはめられるような綺麗事ではなく、社長と後継者、その会社に勤める従業員の人生を大きく変えてしまうような赤裸々でドロドロとした事情を秘めていることが少なくありません。
そこでこの連載では、これまでに佐原が実際に目にしてきた事業承継の事例をご紹介していきたいと思います。
私が事業承継の支援をしてきたなかで、親族内承継の中でも有りがちな困ったパターンが「息子に社長を引き継いだのに居座り続ける会長」というものです。
名古屋市に有るA社は、工事業者などに建設資材を小売する事業を営んでいます。8年前に現在55歳の息子に社長を交代し、前社長である82歳の父親は会長職として店舗運営を手伝っています。しかしこの会長、年齢以上に元気で、後継社長である息子の経営方針を認めないばかりか、従業員の前でも反対意見を振りかざし、後継社長が決めた経営方針を簡単にひっくり返してしまいます。
すると従業員から見ると「社長が交代しても、結局は社長ではなく会長がこの会社の実権者なのか・・・」と敏感に判断してしまいます。こうなっては後継社長の立場がありません。営業担当者を集めた会議の場でも、営業担当者の営業成績に逐一指摘し方向性を指示します。
事業承継を進める際に、後継者の悩みの多いものの中に「社員に対するリーダーシップの発揮」が有ります。これは具体的に言えば、新社長として会社の方向性をどのように掲げて社内に示し、社員達をその方向にどうやって一つに束ねていくか、というリーダーとしての大事な役割です。
しかしこのA社のように先代社長が居座り、後継社長の方向性を否定しながら、社員に対しても指示命令をするという行いは、後継社長のリーダーシップの芽を摘む行為と言えるのです。