後継者による資金繰り管理
会社経営の操縦桿は自分で握る
事業承継に際して、経営者としての仕事が、社長から後継者に徐々に引き継がれていく。
そのなかには、製造業であれば現場の生産作業や生産管理などが含まれるし、小売店やサービス業であれば、マーケティングや販売促進活動などが含まれる。
まずは現場の仕事をしっかりと回せて成果を挙げなければ、社員達からも経営者として認められないので当然であろう。
後継者が、そうした本業に関わる現場の管理が一通り見渡せるようになると、次の段階では、人の採用や評価に関わる人事労務管理や財務管理といった間接業務を会得していく必要がある。
財務管理では、一口に財務管理といっても様々な要素があり、決算書が出てきたら自社の財務分析を行いつつ、当面の問題点や課題、改善策を考えることも一つである。
当然にこれは経営者としての仕事である。
しかし、財務管理のなかでも、ついつい経理担当者や先代社長に任せきり、その管理をいつまでも依存しがちなものが「資金繰り管理」である。
会社の生き死にを決める重要な要素であるにもかかわらず・・・
そうした重要な要であるからこそ、譲り渡す側の社長にすると、
「後継者にはまだ任せられない。」という意識が心の底で働いている。
また、後継者からすると、
「資金繰り管理は、経理担当が専門で行っているから、自分が関わる必要はない。」とか
「自分が下手に手を出す分野ではない。」
「経理部長(自分の母であり、社長の奥様であったりする)の仕事だからそれを奪ってしまうのも心苦しい。」
といった心理から、後継者が「最後の最後まで」関わらない分野であることが多い。
「最後の最後まで」、と言ったが、これは「後継者が関わらざるを得ない状況」を指す。
より具体的に言うならば、資金繰りを管理してくれていた先代社長やその妻である経理部長、またはベテラン経理担当者などが、皆会社から居なくなってしまった状態である。
いよいよこの段階になってはじめて、後継者が慌てて資金繰り管理を行うのはリスクが高い。
操縦席に座ったこともなければ、操縦方法も知らない素人が、飛行機の操縦桿をある日突然に握るようなものである。
飛行機の飛んでいる高度が高ければ、地面までの衝突までに時間的余裕があるだろう。
操縦方法に慣れる時間がある。
しかし、低空飛行の飛行機(業績が厳しい会社)の場合には、あっという間に地面に衝突しかねない。
資金ショートを予期して、取引金融機関に運転資金の申込みをすることも場合によっては必要だ。
その際には、「どういう資金がいくら必要で、どのような事業活動で生み出したキャッシュフローで、いつまでに返済できる。」と融資担当者に数字で説明できるだろうか。
場合によっては、資金繰り計画表の作成と提出を求められることもある。
(もっとも、資金繰り表を作成してなければ、会社の資金管理はできない、といってもよいが。)
後継者が資金繰り管理に関与していないことの他のリスクとしては、経営陣の思いだけの判断による過大な設備投資判断やそれに伴う過剰な借入体質への転落である。
設備投資判断を見誤ると、企業の致命傷になりかねない。
なぜなら、設備投資には多額の資金が必要になり、多くの場合には借入調達を伴う。
しかも、そうして行った設備投資は、すぐに後に引きかえすことができない。
行った設備投資が、期待通りの収益を上げ、計画通りに投資資金を回収できていけば良い。
しかし、綿密な計画を立てたとしても、当初の目論見どおりにはそうそう上手く行かないのが会社経営の難しさである。
設備投資で判断ミスをすると、その後何年にも亘ってボディブローのように会社経営に悪影響を与える。
借入返済が進まず、次の前向きな投資の道が閉ざされたり、それによる収益力の低下などである。
こうした会社にとっての重要な判断をするうえでも、資金繰り管理がしっかりとできている必要がある。
それも、これから会社を担っていく後継者目線での管理や分析、経営判断ができる体制になっていることが重要である。
そこで、後継者がまずすべき資金繰り管理は、今の会社で経理担当者が行っている資金繰り管理の手法や、資金繰り表をじっくりと眺めてみることである。
それは、月次の資金繰り表であれば、過去2年分ほどを印刷し、自分なりに穴が空くほどに眺め、不明点は経理担当者に詳細を確認していくことである。
過去の資金繰り表(実績)が理解できた次には、実際に自分で資金繰り計画表を作成してみることである。
その作成した計画表と、経理担当者が作成した資金繰り計画表とを見比べながら、「答え合わせ」のようなことをしてみてもよい。
そして、経営面の判断からは、現社長とじっくりと話をしながら、
「どういう局面ではどういった資金調達をするか?」とか、
「金融機関への資金調達の話の仕方」などを情報共有することである。
ここまで書くと、「日々の業務が忙しいのに、そんなことまでしている余裕はない。」
という後継者の声が聞こえてきそうだ。
しかし、こうした会社にとっての重要事項を、多忙な間にも意識的に時間を作って、
「実行する賢明な後継者」と「何かしらの言い訳を付けて実行しない後継者」の
2種類の人が居るだけである。
そして、中小企業の会社の業績は、こうした次世代経営者の姿勢やスキル、時間の使い方とそれによって得られた経営判断の優劣によって大きく変わっていくという事実があるだけである。