後継者が単価引上げ交渉を行う勇気と理由
生存可能な適正単価を頂けているか?
「佐原さん、ご相談があるのですが・・・」 こんな後継社長さん達の声からコンサルが始まります。
私が手掛けるコンサルは、①事業承継、②事業再生、③M&Aの3つのパターンがあります。
なかでも事業再生では、製造業からのご相談が多いのですが、その多くがリーマンショック以降、受注が落ち込んだまま売上も利益も元に戻らない、というパターンが多いのです。
そこで私は、まずご依頼企業に赴き、どのような経営課題があるのかじっくりとお話を伺います。
すると多くの中小下請製造業では、次のような後継社長の悩みを耳にします。
「半年ごとに発注企業からの単価引下げ要請を受け、このままでは利益が無くなってしまう・・・」
「生産は一生懸命行っているのですが、ここ5年ほどは赤字続きで・・・」
そこで私はまず3期~5期程度の決算分析からお手伝いを始めます。
すると、そこで見えてくる窮境原因は、決して放漫経営でも、経費の使いすぎでも、生産性の低さでもなく、受注単価が低すぎるということが多いのです。
具体的には、10年前には1ロット5000個で受注していた製品が、今では1ロット200個になっていたりするのです。
生産をするには、プレス会社では金型の交換という段取り替えが発生しますが、そうした時間は必ずかかるものであり、そうした直接生産に関らない時間に対して、製品をつくる時間が相対的に減少してしまっているのです。
小ロット化が進んでいるにもかかわらず、一個あたりの受注単価は10年まえと同額で請けていたりするのです。これでは利益を生むことはできません。
こうした企業に私が提案していることは、「受注単価の値上げ交渉」です。
「社長、生産面にも経費の使い方にも問題はなく、御社の受注単価の低さが窮境原因です。ここは勇気をもって単価引き上げ交渉を発注先企業に行っていきましょうよ!」
そんなふうに投げかけると、後継社長達は決まってこんな言葉を口にします。
「単価交渉をして、もし発注先企業のご機嫌を損ねたら取引をきられてしまいますよ。」
たしかに社長さんたちの気持ちはわかります。
ただ、昨今は、実は下請企業の方が発注先企業に対する強い交渉力を持っていることも少なく有りません。
なぜなら、後継者難やそれを原因とする廃業が進んでいる現在は、発注先企業が他の下請企業を探そうにもなかなか見つけることができないのが実情です。
そして、後継者が事業を引継ぎ、「これから先も継続的に事業を営んでいく意思や体制がある」ということが、強みの一つでもあるのです。
他に私は、独自に大手自動車メーカーや大手機械メーカーの購買担当者達に、
「下請企業から単価引き上げ交渉を受けた場合にどのような対応をするのですか?」
と聞いてみたことがあります。
彼らの回答は、「単価引き上げを飲まざるを得ない。」というものでした。
理由は先述のとおりです。
ただ、発注先に対して単価引き上げ交渉をするには、それなりの論理や順序が必要になります。そこを間違えてしまうと、取引の全てを切られかねません。
論理の一つが、単価引き上げ対象製品の製造にかかる原価計算です。
従業員規模50人以下の中小製造業では、製造にかかる原価計算をしていない企業がほとんどだと思います。
そこでまず、決算書などの財務資料の面や、生産工程の面などから、製品の製造にいくらの原価がかかり、借入返済や将来の設備投資に必要なキャッシュフローを確保するのに、いくらの利益確保が必要か、という事の数字を積み上げていきます。
次には、客先への話し合いの機会を持つように働きかけていきます。
こちらは、客先購買担当者との関係性や会社規模などによって、話し合いのいろいろなパターンを考えていきます。
勿論、「交渉」という強い姿勢で臨むのではなく、自社と客先が「共存共栄」を維持できるような関係を持ち続けることを第一義とします。
私が将来の日本のものづくり企業に対して危惧することは、今は日本で製造できている製品が、近い将来にはつくれなくなってしまうのではないか、ということです。
自動車であっても約3万点の部品から成り立っており、その一つ一つの部品は、巨大な裾野を持つ下請分業構造のなかで成立しています。
その裾野を支える中小零細製造業は、油と切粉にまみれた町工場です。
そうした中小零細製造業が、発注先からの「合理化」という名の下に、単なる価格引き下げ交渉を受け入れ続け、収益を圧迫され、必要な設備投資もままならないままに生産性が低下してしまったら、それこそ後継者が「継ぐ意思があっても継げない。」という事態になってしまいます。
現在でも多くの後継者不在企業では、その状況が後継者難の一因とも言えます。
「継ぐ意思がある後継者に、継がせる。」ためにも、価格交渉を含めた収益向上策を進めることが事業承継のためにも、会社存続のためにも、延いては日本のものづくりを支えるためにも必要な事だと思うのです。