事業承継のタイミングを遅くすることのリスク
早すぎることのデメリットは少なく、遅すぎることのデメリットは多い
最近では、事業承継の形態のなかでも「親族外承継」の割外が半分近くまで増えている。
とはいえ、地域性もあるだろうが、私の住む愛知県では「親族内承継」がまだまだ多い。
そうした親族内承継では、父である社長から子である後継者に会社を引き継いでいく場合が多いが、その承継のタイミングをいつにするのか、ということがコンサルの現場でよく論点になる。
承継のタイミングは早いほど良い、と私は考えている。
なぜなら、事業承継のタイミングをムダに遅くしてもデメリットの方がより多く際立ってくるからだ。
このように言うと「ウチの息子はまだ30歳代半ばでまだまだ・・・」という声も聞こえてきそうだ。
しかし、仮に後継者が30歳代であっても、一線を退く現社長との伴走期間を長めに設けることで、承継が上手くいくケースが多い。
実際に私が直接に知っている会社でも、社長交代をしたタイミングは、後継者が30歳代前半と中盤であった。
数年もすると若い感性を武器に立派な経営者に育ち、若いスタッフ達とともに会社をたくましく成長させている。
また、別の視点で承継のタイミングを見てみる。
私が講師を務めた、ある事業承継セミナーの場面でのことである。
受講生の方々は、50歳代から70歳代の現社長が多く、これから次の代へ承継を進めようという属性の方々だった。
その場の話題で、いつ息子の後継者に引き継ごうか、という話題になった。
受講生の多くは、まだ後継者が30歳代から40歳代半ばであり「まだまだ早い。」という意見が多かった。
なかには、「40歳代ではまだ経営者として未熟だ。」という声も出ていた。
そこで、私は受講してくれた現社長たちに質問をしてみた。
「皆さんが社長になった年齢は何歳のときでしたか?」と。
すると、次のような声が多かった。
「自分は、32歳のときに先代の父親から社長を交代したなあ・・・。」
「俺は、23歳のときに自分で今の仕事を起ち上げて今があるなあ・・・。」
「自分は、37歳で脱サラして独立開業したんだよ。・・・」
今、現役の第一線で活躍していて、これから承継を考えているが「後継者が若すぎる」とか「承継のタイミングが早すぎる。」と考えている社長達である。
実際には、自分自身が社長になった年齢を今になって振り返ってみると、意外に若い時に社長業に就いていたのである。
この心理的ギャップは、どういうことであろうか。
一つには、日本人の平均寿命や健康寿命が延び、「皆が年齢の割に若くなった。」ということがあるだろう。
20年前の人の60歳は、現代人の70歳くらいの感覚ではないだろうか。
いやそれ以上かもしれない。
本人の意識も体力も健康も、社会的立場も。
この手の話題では、よくサザエさんの家族の年齢が引き合いに出される。
漫画の設定では、それぞれの登場人物の年齢は次のとおりだ。
サザエ 24歳
マスオ 28歳
波平 54歳
という具合である。いかがだろうか?
私の感覚では、サザエ48歳、マスオ52歳、波平75歳という印象だ。
それだけ現代人が年齢の割に若くなっているということの表れだろう。
話を元に戻す。
だからといっていつまでも事業承継を進めずに社長の座に居座っていると、それなりのデメリットやリスクが忍び寄ってくる。
「忍び寄ってくる」と書いたのは、目にみえづらい形で、水面下で好ましくない事態が徐々に近寄ってくるという意味だ。
一例を挙げると下記のものである。
・いつまでも事業承継が進まず、後継者の年齢も高齢になると事業意欲が萎えてくる
・後継者の経営者としての成長機会を少なくしてしまう
・社長の高齢化により現代の時世や経営感覚とのズレが生じることによる成長の阻害
・新事業展開や新製品開発などの経営革新に向けたチャレンジ意欲の減退
・組織や従業員の若返りが進みづらくなる
・高齢社長の健康上の理由から、会社が突然にトップを失うリスク
こうした諸問題は、実際に起きて顕在化する問題とは異なり、潜在的に進行する問題である点が悩ましい。
じわじわと水面下で緩やかに進んでいく問題と言える。そして確実に会社の体力と経営力を奪っていく。
高年齢になりつつある社長は、そのことに自分では気づきにくい点がまた悩ましい。
事業承継の遅れは、もはや会社の「緩慢な死」と言ってよいだろう。